2009年02月16日

あけました。

旧暦の新年を祝うつもりで今年初めてのブログを書く。

何気なく手にしたDVD。タイトルは『いのちの食べ方』。
見たいけど見たくない。

普段見ることの出来ない食料生産現場の唖然とするような光景が淡々と続いていく。
車の様に無駄なく解体されてゆく豚、ベルトコンベアーに放り投げられ詰め込まれるヒヨコ、無理矢理に交尾させられる牛、など。
宣伝用の一部分しか見ていないが、一言でショッキングだった。。。

人間が生きるために自然のルールを侵している現実はまだまだたくさんあるのだろう。

以前、You Tubeでそれとなくクリックした映像は韓国の食用犬の事実だった。
『痛めつければ肉は締まり栄養価が増して旨くなる』
という迷信が未だ重んじられているせいなのか、犬は生きたままバーナーで焼かれたり、何度も殴られ20分位の間隔をおいてじわじわと殺される。
首を締め上げられ殺される犬もいた。
あっという間にロープで吊り上げられた犬は、苦しくてロープに足をかけ少しでも呼吸をしようともがくが首を吊られていて逃げられない。
苦しみの時間は長く続く。
気が狂ったように体全体をよじっていた犬は、不規則に回転するロープの停止と共に死に絶える。

しばらくの間、アタシは立ち直れなかった。。。ずっと泣いていた。

それからまるで何かに取り憑かれた様に、養豚場や工場畜産、動物実験について調べ始めたのだ。事実を知りたくなったから。

結果、『安楽死』なんてものは存在しなかった。胸が痛くなるくらい残酷で残虐で非道で、そしてそれが現実だった。
『かわいそう』などと言う陳腐な言葉では表現できない。

幼少時代の様にすべてを非難するつもりはない。世の中はそれで成り立っており、時代背景や立場の相違などでも物事は大きく変化するのだから。

でもね、ダイエットの為に食べ物を残したり、飽きたからという理由で革靴を捨てたり、安かったしいいか!とシャンプーを使い切らなかったり。。。違うよね。
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。切なくなった。

常に生と死は背中合わせで、数えきれないたくさんの犠牲のもとにアタシは生かされている。認識しなければならない。

この世界に無駄な物なんて1つもなくて、捉え方や感じ方の方向性を変えるだけで全てが大切だったりするんじゃないかな。全てが必要で尊い気がするよ。

時間やお金もそう。アタシをつくってくれる全ての要素、目に見えないあらゆる物に対しても感謝し無駄にしない志を持つこと。それが今年からの目標かな。

もっと『いただきます』や『ごちそうさま』という言葉の真意について向き合っていこうと思う。

決心がついたら『いのちの食べ方』をしっかりと見てみることにしよう。














posted by 折井敦子 at 23:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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